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Mamekoko Yomimono

共感力が高い=優しい、だけではない。共感しすぎて疲れる「エンパス」の罠

2026-03-20

私たちが「常識」だと思い込んでいる心の働きや習慣。実はそれが、自分を苦しめる原因になっているかもしれません。 世間でよく言われるメンタルケアの「大きな誤解」について、少し視点を変えて考えてみます。

それは本当に「正しい」のだろうか?

共感力が高い=優しい、だけではない。共感しすぎて疲れる「エンパス」の罠。私たちは無意識にそう信じ込まされ、それができない自分を責めてしまうことがあります。 しかし、心理学や行動科学の知見(出典:情動的共感と認知的共感の分離に関する研究)によれば、必ずしもそのアプローチが全員にとっての正解というわけではないことが示唆されています。

むしろ、その「正しさ」に固執することが、かえってメンタルを悪化させたり、行動を制限させたりするケースもあるのです。

共感がうまくできない

私自身、他人の感情に共感することを多くしてきました。 悲しかったや辛かったなどの感情に寄り添うことはその人にとっていい印象を与えると思いますが、自分はそう思えなくても共感してしまう。 「嫌われたくない、この人はわかってくれなかった。」そう思われたくないの一心だったと思います。 ですが本当の友達というものは期限を伺わなくても一緒にいてくれるとわかってからは無理に共感することが減りました。

完璧な正解よりも、自分に合う「抜け道」を

一般的な思い込みや「こうするべき」という呪縛から離れてみると、もっとあなたらしく、楽に生きられる別のルートが見えてきます。 すべてを完璧にこなそうとする強迫観念を手放し、「自分なりのやり方でいい」「休むことも戦略だ」と、視点を一段変えてみましょう。

答えを出さずに、いまの気分を置いておく

「今まで無理していたんだな」と気づいた日は、これ以上がんばろうとしなくて大丈夫です。 「疲れた」「やりたくない」といった世間的にはネガティブとされる本音も、ここでは誰にも迷惑をかけません。

きれいにまとまっていなくても構いません。「答えを出す」ためではなく、ただ「いまの気分を置いておく」ための場所として、まめここのノートを使ってみてください。